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勝ったときも、負けたときも(笑)
今日(11/11)、12球団合同トライアウト(1回目)が行われました。
戦力外通告を受けたけれども、まだ野球がやりたい、やれるという選手たち42名が参加したそうです。
2001年に始まったこの制度も、運用当初は、トライアウト実施以前にめぼしい選手は各球団が個別に行う入団テストで“再就職先”が決まるケースも多かったようで、トライアウトによる“合格者”がいない年が続くなど形骸化していたものの、2004年に選手会側の要望を受け“合同トライアウト実施以前に球団が独自の入団テストを行わない”申し合わせがされたことにより、この年以降は毎年10数人がこの制度によって“再就職”を決めています。
しかし。
ウィキペディア(『12球団トライアウト』)で調べてみると、トライアウトでの合格者の「未来」は決して明るいものではありません。
もう一度のチャンスをつかんだ彼らのほとんどが、1〜2年のうちに再び解雇を言い渡され、戦力外になっている。
残酷な言い方ですが、戦力外になるにはやはりそれだけの理由があった、ということだと思います。
球団の編成担当にしたところで、すでに少なくは無い投資をし続けてきた選手たちに、見返りのない“戦力外通告”をするからには、慎重な調査と決断があったと考えるべきであり、その目利きは多くの場合間違ってはいないのだと、“トライアウトとその結末”の事例の数々から言えるような気がします。
昨年秋、タイガースから戦力外通告を受けた正田樹投手が12球団トライアウトを受験しました。
ウィキペディアの「主な合格者」に正田投手の名前はありませんが、彼は今もプロ野球選手として活躍しているし、さらなる飛躍をめざしています。
その経緯が、先週発売された『週刊ベースボール』に掲載されていました。
1999年夏の甲子園大会優勝投手。
その年、ドラフト1位でファイターズの指名を受けて入団。
プロ入り3年目となる2002年には新人王を獲得。
まさにスター街道を歩んできた正田投手は、しかし、数々の故障に苦しみ、伸び悩み、次第に成績も頭打ちとなるシーズンが続くと、チームが日本一に輝いた2006年も一度も一軍で登板することはなく、翌2007年シーズン開幕直前、トレードによってタイガースへと移籍。
ファイターズが北海道に移転してからのファンである私にとって、正田くんとの“出会い”は、このときのトレードでした。
遅すぎる出会いでしたが、賢介の最後の同期入団選手だった正田くんのことは、なんとなくずっと気にかかっていました。
タイガースに移籍してからも結局一軍での登板は一度もなく、2008年オフに戦力外通告。
その後。
トライアウトに参加し、唯一オファーをかけてきた台湾・興農ブルズの入団テストを受けたものの、身分は仮契約からのスタート。
細い糸の上を渡るような、第2の野球人生の始まりだったと思いますし、台湾でも順調に進んだわけではなかったようです。
すぐに結果を求められる「外国人助っ人」という立場で、開幕投手の栄誉を与えられながらKO負け。
あっという間に追い込まれた崖っぷちで、しかし、正田くんは踏みとどまった。
踏みとどまったどころか、最終的に最多勝・奪三振の二冠を獲得する活躍で、チームからは来季の残留を打診されているそうです。
「日本で何かをやりのこしているという感じじゃないんですよ。ただ野球がやりたい。調子が悪い時期もありましたが、それもまた楽しい。野球が出来れば幸せなんです。この喜びは、一度クビになった人間じゃないとわからないでしょうね」
そう語る正田くんは、記者の「ピッチャーとして現状からの上積みはあると思いますか」といういささか失礼な質問に、「まだまだ、あるでしょ!」と笑顔で声を弾ませたそうです。
戦力外通告を受けるには、相応の理由があるのだと、やっぱり思います。
正田くんにしたところで、タイガースの判断が間違っていたとは思わない。
けれど。
戦力外通告を受けた男たちの未来もまた、やっぱりやってみなくてはわからないのだと、「まだまだ、あるでしょ!」という正田くんのひと言が教えてくれる。
ファイターズから戦力外通告を受けた洋平・モジャパー星野・津田くんの3人がトライアウトを受けたのかどうかもわかりませんが、彼らだけでなく、野球を続けるチャンスを求めた受験者たちがひとりでも多く、再び野球ができる幸せをつかんでくれることを祈りつつ。
そして。
メジャー挑戦も視野に入れているという正田くんのさらなる飛躍を楽しみに。
頑張れ!永遠の野球少年たち!

ファイターズ時代の正田くんと賢介の関係はわからないけれど、選手たちにとって同期入団選手の存在はいつも大きい。
きっと。正田くんの活躍を喜びながら、同時に、ライバルとして刺激を受けているのではないかと想像しています。
野球を続けているならば。
いつか、一度離れた二人の道が、もう一度どこかで交差する日がくるかもしれない。
そんなときが訪れるといいなぁ…。
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