2012年11月06日

フロンティア〜田中賢介選手へ〜

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◆田中賢選手が海外FA権行使を表明

北海道日本ハムファイターズの田中賢介選手が本日11月6日(火)、海外フリーエージェント権の行使を宣言しましたので、お知らせいたします。球団は個人の意思を尊重し、野球協約フリーエージェント規約に基づく申請手続きを取りました。

<田中賢介選手コメント>
「ファンの皆様には13年間、いい時も悪い時も応援していただき、お陰でここまで成長することが出来ました。心より感謝申し上げます。違う環境、文化の中に身を置きながらプレーしてみたいという思いが年々強まり、今年は怪我もありましたが、どんな形でも向こうに行くという決心が揺らぐことはありませんでした。僕の中では北海道から巣立つという感覚があり、ファイターズの選手が世界に通用するところを見せられたらと思っています。パワーでは劣りますが、日本の細かい野球だったり、ファイターズで徹してきた、勝つために何が必要か考えながらプレーしてきた辺りをアピールしたいです。球団には有り難いまでに引き止めてもらい、最後は僕の気持ちを尊重していい形で送り出してくれました。本当にこのチームが大好きです」



バカだなぁ。
泣くなよ!賢介!

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望んで立った君自身のフロンティア。
もっと野球が上手くなりたくて、「田中賢介」を開拓していく最前線。
勝負はこれから。
スタートラインで、前を見据えるべき目を涙で曇らせてはいけない。
君が言うように、今は巣立ちのとき。
今まで育んだ“大切なもの”は全て自身の中に刻み込まれているのだから。
もう後ろ髪を引かれることなく、ただ勇気を持って。
飛べ!
広がる無限の可能性へ向かって。




賢介は、ファイターズの中でも個人的に特別な存在です。
打っては高い打撃技術を持ち、なおかつ、思い切り良く行くべきところ、チームバッティングに徹するところを「考えて」打席に入れる選手。
走っては、「ひとつ先の塁へ」を忘れず、全力疾走を怠らない走者。
守っては、内野の要のひとつである二塁手として、堅実な守りの名手。
「走・攻・守」に渡って、賢介のプレースタイルには「ファイターズの野球」が必要とするもの全てがありました。
だから、自分は、“田中賢介”という視点からファイターズを考えることが多いし、逆に、ファイターズの野球という鏡に照らして田中賢介を図ってもいたと思います。
チームの顔といえば、昨年移籍したダルビッシュであったり、40歳になっても元気な稲葉さんだったりしますが、2006〜2007年のリーグ連覇を成し遂げつつ確立された「ファイターズらしい野球」、すなわち、みんなで力を合わせてコツコツと「1点」を取り、投手を中心にした堅いディフェンスで僅差を勝ち抜くスタイルにおいては、地味ながら、打てて・走れて・小技も出来て・堅実に守り、チームが勝つために様々な場面で能力を発揮できる賢介が、実質的には最も“ミスター・ファイターズ”に近い存在でした。
当然、『生涯ファイターズ』でプレーしてもらいたい選手であって、だからこそ球団も破格の3年契約を提示するなどして、必死で引止めをはかっていたと思われますし、個人的にはずっと近くで彼のプレーを見ていたかったです。
けれど。正直、今年限りになる可能性を感じながらだった2012年シーズンを通して、自分の考え方は少しずつ変化していきました。
今日の会見で、賢介が「メジャーに興味を持ち始めた」と語った4年前にどんなきっかけがあったかわかりませんが、今思うと、おそらくその頃から賢介は、シーズンオフに“でっかい”来季の目標を公表するようになっていたようです。
小技の上手い「2番」打者だったくせに、チームの顔である「3番」打者になりたい、とか。
3割すら1度しか打てたことがないのに、首位打者を目指す、とか。
その首位打者も取れていない、しかも大怪我の次のシーズンなのに、日本最高打率を目標にする、とか。
傍から見る限り、「到底無理!」としか思えない目標を掲げては、事実、どれも完全に達成されることはありませんでしたが、ただ少なくても打撃に関しては、毎年着実にレベルアップがされていました。(特に顕著なのは、反対方向への打球が格段に鋭くなっています)
これは、チームは連覇したものの、賢介個人としては、大きく飛躍した2006年に比べ、大幅に低迷した2007年に得た「同じことをしていては伸びない」という“教訓”を忘れず、毎年上へ、前へ進んでいくために、賢介が編み出した彼なりの工夫なのだと考えています。
高く、具体的な目標を設定して、到達するためにどうしたらいいか考え、努力を続けること。
そうやって、賢介は“自分の殻”を破りながら少しずつ大きく成長してきました。
これからも、同じようにして成長を続けていくことも出来るとは思います。
しかし。
「ファイターズの野球」という枠組みの中では、おのずから、育っていく先に、大きさでも形でも特有の限界があります。
シーズンが始まれば、他の選手たちとの兼ね合いもありますから、賢介が任される「役割」はさらに制限されたものにならざるを得ません。
そうした状況下で、より精密に、「役割」にとって必要な技術に磨きをかけていくのも選手としてひとつの方向性であり、成長です。
一方で、そもそもの「枠組み」を変えることで、まだ開いていない扉を開いていこうとするのも、向上心のある選手にとっては魅力的なアイディアだと思います。
自分は、賢介にずっと前者であることを求めてきましたが、今年になって、徐々にフレーム・シフトがむしろ必要なのではないかと考え始めました。
もっと活き活きと。楽しそうに。
ブレイクしたばかりだった2006年の賢介みたいにプレーしてほしいなぁ、と。

MLBでの日本人野手、特に内野手の評価は極めて低いものですし、実際、すでに何人もの選手が挑戦しながら完全に「成功した」と言える選手はいません。
まして、記録的にも知名度としても、過去のチャレンジャーたちに比べて“たいしたことない”賢介がぶち上げたメジャー挑戦は、傍から見ればまるっきりバカみたいだと思います。
黙ってファイターズに残っていれば、高い年俸・安定したポジションが得られるのに、全てをなげうった挙句、わざわざ失敗しに行くようなものだと思われているでしょう。
自分としても、ぶっちゃけ、まずはオファーしてくれるチームはあるのか、あってもメジャーでプレーするチャンスはあるのか、あったとしても賢介の技術は通用するのか、不安ばかりがあって、成功の確信などひとつもありません。
それでも。
賢介が、あんなに泣くほどチームとの別れを惜しみながら、それでも「枠組み」を飛び出す道を選んだことは間違いではないと思うのです。
自分から一歩踏み出していかなくては、絶対に新しい可能性、より大きな自分へは届かない。
プロ野球選手として北海道で育った賢介の中にあるフロンティア・スピリット。
結果はどうなるにしても、きっと、田中賢介を「開拓」してくれると信じています。


あるテレビ番組では、賢介のメジャー挑戦のニュースを伝えた締めくくりに、「13年間お疲れ様でした」と言っていました。
お疲れ様は、引退する選手に言う言葉。
来季以降チームのためにプレーしない選手は、ファイターズ的には確かに引退した選手と同じなのかもしれません。
自分はもちろん賢介に「お疲れ様」とは言いません。
疲れるのはこれからなんですから(笑)。
ただ。ファイターズファンとして、今までチームのために尽くしてくれたことを感謝する「ありがとう」は伝えたい。
その上で、田中賢介というひとりのプロ野球選手を愛してやまない者として。
さぁ、行こう、賢介!
ここからが大勝負。
どこまでも見届けさせてもらうよ!
頑張ろう!賢介!!

2005年最終戦の賢介.jpg

今へ至る「スタート」だった2005年本拠地最終戦での代打サヨナラホームランの後。



とにかく、とにかく。
どこでもいいから賢介にオファーをくれますように(祈)
絶対にオファーがありますように!


<参照>

田中賢介『田中賢介BLOG』11/6「みなさんへ」
http://blog.pakila.jp/kensuke/entry/detail/?id=9436&SESSID=04c0516585ea65ed51998455804d0940

白井一幸『ナイストライ!』11/6「野球のこと」
http://shirai90.ashita-sanuki.jp/e602499.html




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posted by こなつ at 23:59| 2012オフ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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