2012年11月26日

素顔のままで〜優勝パレードという無意味の意味〜

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シーズン中、チームとファンは“勝利”という同じひとつの目的のため、一緒に戦ってきた。
ただ。目指すものはひとつでも、実際にグラウンドでプレーする選手はいつも“見られる者”であり、スタンドから精一杯の声援を送るファンは“見る者”。
“野球”をはさんで、“勝負”をはさんで、両者の間には、絶対に越えることのできない境界線が存在する。
それは未来永劫変わらないし、変わる必要はない。
けれど。
唯一、優勝パレードの時だけは、チームとファンの間が限りなく近づく。
傍から見れば、パレードはとてもバカみたいな行事に過ぎないと思う。
北海道の11月という寒空の下、オープンカーやバスに便乗した選手たちが、大勢の人並みの間をただゆっくりと移動していくだけのことなのだから。
でも、その行為の“無意味さ”こそが、何の目的も持たないことこそが、チームとファンをひとつにするのだと思う。
両者の間には、このときばかりは“野球”もなければ“勝負”もなく、ただ純粋な“喜び”や“楽しさ”や“感動”など、選手だろうとシロウトだろうと分かり合える感情だけがあふれている。
そして、沿道に居並ぶファンがオープンカーやバスに乗った選手たちを見上げ、声をかけ、手を振るならば、選手たちもまたそういうファンの姿を見渡しながら、グラウンド上の「プロ」とは全く違う“素顔のままで”、あるいは手を振り、あるいはおどけた仕草を見せたりもする。
お互いが“見る者”であり、同時に“見られる者”となる、ただひとつの機会。
お互いのはじける笑顔が、お互いの笑顔をより輝かせ、お互いの喜びが、喜びをどんどん雪だるま式に増幅させていく。
シーズン中は、ファンがふがいないチームに腹を立てることもあれば、一生懸命プレーしてもため息を吐かれるストレスが選手を疲弊させることもあるけれど。
優勝パレードのときだけは、お互いの存在が、ただひたすらに“おのれ”の喜びを大きなものにしていくのだ。
チームを愛する気持ち。
ファンを大切に思う気持ち。
“この人たちのために”頑張ろうと心から思えること。
そうしたものが生まれ、ほんとうに根付いていくためには、ただ試合に勝つだけでは、“野球”の成績が良いだけではきっと足りないのだ。
理屈抜きの愛情は、理屈のない行為から生まれる。
だから、やっぱり優勝パレードはやらなくてはいけないし、チームにとっても、ファンにとっても、参加してこそ、現場にいてこそ意味のあるものなのだと思う。
…どんなに寒くても(笑)。




さて。
パレードが終われば、2012年シーズンは本当に終了。
来季を考えるために、改めて今シーズンを振り返っておきたいと思います。
考えてみたいことは色々ある、というか、ありすぎてなかなかまとまらないけれど。









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ファンフェスではまた大泣きしていた賢介ですが(笑)、パレードでは最高の笑顔。
よかった、よかった。
個人的には、彼に聞こえたかどうかは別にして「賢介!ありがとう!」と叫べただけで満足しています。
伝えたいことは、ちゃんと声に出して言葉にしないとね。

どこに行っても。
賢介の素晴らしいプレーと笑顔が、ここに残るファイターズファンだけでなく、新しく“KENSUKE”を発見する異国のファンたちを幸せにしてくれるように。
う〜んと、頑張れ!賢介!!



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posted by こなつ at 23:59| 2012オフ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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